2013平和行動in広島 参加報告
日 時:2013年 8月5日(月)~6日(火)
参 加:教育連合 2名、連合奈良青年委員会 4名 計 6名
連合は8月5日、約2,000人が参加のもと、「連合2013平和広島集会」を原水禁および核禁会議と共催で開催しました。
主催者を代表して連合・南雲事務局長は、「原爆投下から68年が経過したが、現在も、後遺症により多くの人々が苦しんでいる。このような兵器が現在も18,000発も存在している。私たちは、核兵器による悲惨な被害が二度と起こらないよう『核兵器の実験即時中止』、『核兵器の廃絶』に向けて、引き続き国際労働組合総連合(ITUC)や、多くのNGOと連携し、2015年NPT再検討会議で実効ある内容となるよう取り組んでいく。」と挨拶しました。
また来賓として地元自治体より、広島県・中下善昭副知事、広島市・及川享市民局長にご臨席いただき、それぞれより挨拶を受けました。
坪井 被団協理事長
平和行動in長崎に引き継がれるピースフラッグ
以下、【参加した連合奈良青年委員会 報告】
多くの人に生かされたこの命の恩返しをしたい
連合2013平和広島集会では、会場全員での黙とうからスタートしました。石井会長(連合広島)の開会あいさつに続いて南雲事務局長(連合)、イザベル・ホファリン副書記長室業務担当(ITUC)から、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現に向けた思いをそれぞれ語りました。
本集会のメインとなる、「平和の語り部 被ばく体験の証言」では、坪井直さん(広島県原爆被害者団体協議会理事長)が登壇され、原爆が投下された当日の様子や被ばく時の悲惨な光景を語ってくれました。その記憶は聞いている私たちがまるでその場にいるような錯覚を覚えるほど鮮明なもので、また衝撃的なものでした。当時20歳で被ばくしてから現在もなお病と闘い何度も危険な状態がありながらも当時の体験を後世に伝えようと奮闘する坪井さんは、「私は多くの人に生かされて今も現役でいられる。生かされた命の返しをしたい」と話し、また「何よりも人が大事。人と人とが命を取り合う戦争はゆるさない」と、力強く訴えました。
そのあと、連合長崎代表団にピースフラッグが引き継がれ、「(前略)…、多くのNGOとともに連携し、職場や地域における核兵器廃絶運動を粘り強く取り組むことを誓う」とする平和アピールと会場全員での合唱ともに閉会しました。なお、連合奈良傘下の多くの方の思いが込められた折鶴は、青年委員会が代表して献納してきました。
核も戦争もない平和な世界の実現に祈りを捧ぐ「平和の光」
集会後にふたたび平和記念公園に戻り、引き続き参加した仲間たちとともに原爆ドームをぐるっと囲む輪のように並び、一人ひとりがペンライトの光を掲げ、核兵器も戦争もない平和な世界の実現を願いながら黙とうをささげました。
平和行動を通じて…
語り部から語られる体験談の、あまりにも鮮明でリアルな描写は本当に衝撃的で恐ろしいものでした。戦争を経験したことのない私たちは、この悲惨で恐ろしい歴史を知る必要があり、また次の世代に受け継いでいかなければならないものだと改めて強く感じました。
私たち若い世代がこれらのことにもっと関心を持つことがとても重要だと思います。自分たちには関係ない、と無関心になれば、今後を支えていく世代の人と関係のないところで物事が決まってしまうという危機感を持つべきなんだろうと思います。そういう意味でも、青年委員会が平和行動に参加する意味は大きいと思います。これからもこのような取り組みを積極的に進めていきます。
余談になりますが、今回の広島で約3年前の連合ユースラリーで知り合った連合岩手の仲間と3年ぶりの再会をしました。偶然にも今回の平和行動に参加することがわかり、会場であった時には、お互いそれぞれの立場で頑張っていることを報告し合い固く握手を交わしました。また別の連合長崎の仲間は、この後に控えた長崎での平和行動の準備に奮闘しているようです。普段はなかなか会えないながらも一度つながった関係が途切れずに再会を喜び合えるのは、同じ世代が集まる青年委員会ならではの喜びだと感じました。